池上彰の欺瞞性への言及
低レベルのメディア関係者は相も変わらず池上彰の正体が見破れない。
メディア機関の中枢にいるメンバーは、感性や判断力が大きく欠如した
人々で占められているのだろうか?
下記 は 2011年5月2日の毎日新聞 開かれた新聞委員会での
池上彰の発言内容である。
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池上委員:
原発事故が一段落したらこれまでの原発報道を振り返って欲しい。
原発について、メディアは建設反対派が言うをそれなりに伝えてきた。
そこそこ報道してきたのに事故は防げなかった。
私もチェルノブイリ原発事故についての本を書いていて
「旧ソ連は言論の自由がないから危険なものが造られたが、日本には報道の
自由があり安全性は高いはずだ」 と書いてしまった。
私たちは間違えたのか、
限界があったのか。
私自身にも反省はあるし、
新聞はきちんと検証すべきだ。
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まず、
池上彰の
原発について、メディアは建設反対派が言うをそれなりに伝えてきた。
そこそこ報道してきたのに事故は防げなかった。
に対して批判する。
3月末の時点で既に多くの市民は
大手メディアの原発報道は非常に不十分であった事を
知っている。
読者を愚弄し、大手メディアを擁護し、ひいては
自分を擁護する見解は許せない。
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私もチェルノブイリ原発事故についての本を書いていて
「旧ソ連は言論の自由がないから危険なものが造られたが、日本には報道の
自由があり安全性は高いはずだ」 と書いてしまった。
報道の自由がるから安全性が高いはず というのはあまりにも無責任な詭弁ではないか。
報道の自由があるからと言って真実を把握するのは非常に難しい。
隠蔽体質、偽装体質に日本社会は汚染されているのは周知の事実である。
何年、何十年と経て虚偽が暴かれる例は数知れずある。
内部通告も日本社会ではかなり難しい現実がある。
官僚の世界、企業、学者の世界、政治家の世界 も利権に汚染されている。
従って、原発の安全性は技術的観点、環境の観点、利権の観点 などから
考察しなければならず、
まともな人間なら考察能力有り無しを自己判断磨るはず。
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私たちは間違えたのか、
限界があったのか。
自分が反省すべきところ、
私たちといって責任をぼかしている。
こういう人のコメントを読まされるのはやりきれない。
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という事で遅まきながら2013年半ばに毎日新聞の購読を打ち切った。
(購読料を払って頻繁に不快さが届くのはやりきれない。)
(毎日新聞のまじめに記者活動に取り組んでいる多くの皆さんごめんなさい。)